No.87(2008.12.28.)
今年も終わり。下半期で少し体調を崩したので迷惑かけた人たちごめんなさい。来年から少し仕事をセーブするつもり。よいお年を。
No.86(2008.12.08.)
12日配本予定の「東京スタンピード」見本ができあがった。装幀の天野昌樹さん、編集担当の中野葉子さん、本当にありがとう。格好いいです。
3月にテレビ東京で「ドキュメンタリーは嘘をつく」の第二弾オンエアが決まった。同じことは繰り返したくないので、プロデューサーの替山さんと某大物ディレクターと今、いろいろ企んでいる。
No.85(2008.10.24.)
電車の中で僕の本を読んでいる人に初めて会った。年配の女性。対面のシートに座りながら僕は落ち着かない。今すぐこの場から離れたいとの気持ちが3割5分。このままじっとしていたいとの気持ちが3割。近づいて礼を言いたいという気持ちが2割5分。近づいて本を引ったくって窓から放り投げてしまいたい気持ちが2割。・・・計算が合わない。結局は何もしなかったけれど。
No.84(2008.10.5.)
実話ナックルズ11月号に、「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」元副代表である蓮池透さんのインタビューが載っている。かつて被害者遺族側のスポークスマン的な立場にいた彼が、なぜいきなりそのポジションから身を引いたのか、これを読むとその理由がよくわかる。
このインタビューで蓮池さんは、家族を取り戻したいとの思いが、結局は「救う会」にシンボライズされる金正日体制崩壊を目標とする政治的イデオロギーに回収されてしまったこと、強硬な経済制裁が何の実効力もないどころか逆効果の可能性もあること、拉致問題解決をめぐる安倍元首相の言質が北朝鮮成敗を主張するメディアと民意に引きずられるように一転したこと、そして政治決着の局面を常に(裏切る形で)反故にしてきたのは実は北朝鮮ではなく日本の側だったことなどを、とても真摯な口調で語っている。
蓮池さんが語るその内容については、僕もずっと指摘してきたことだから驚かない。不思議なのは彼のこのまっとうな主張が、大手新聞やテレビの報道番組などではほとんど紹介されないことだ。まったくないわけではない。でもほとんどない。
とにかく実話ナックルズは侮れない。
No.83(2008.9.25.)
留萌の夜は楽しかった。あがた森魚は、やっぱり傑出したミュージシャンだと思う。ところが本人にはその自覚があまりない(ように見受けられる)。「僕の歌みんなの歌」にも書いたことだけど、いつもいつも、新しいことや自分が興味を持てることを探して放浪し続けている。それがまた彼の魅力でもあるのだけど、傍からずっと見ている立場としては、その不合理な新陳代謝がもったいない。でもやっぱりこの人の歌はいい。もしまだ未聴の人は、ベスト版「20世紀漂流記」あたりをまずは聴いてほしい。「いとしの第六惑星」は至極の名曲。
No.82(2008.9.9.)
なんだか大相撲が大騒ぎ。ワイドショーのコメンテーター席に座って、
司会者に「森さん、この問題どう思いますか」と訊ねられて、
「べつに大麻くらいいいじゃん」と
答えたら大きな騒ぎになってしまった夢を見た。
No.81(2008.7.31.)
子供のころは暑さが大好きだった。暑いことが苦痛などと思ったことはない。でも今年はさすがに応える。
それほどに温暖化が進んでいるということなのか、あるいは僕が歳を取ったせいなのかは微妙だけど。
・・・書きながらふと思ったけれど、温暖化という言葉は変えたほうがいいんじゃないかな。どうも切迫感がない。
高温化とか灼熱化とか熱帯化とか。
正しく真直ぐなものに対しては警戒せねばならない。
「地球に優しく」などの善意も同様。暴走しやすいから副作用は強い。
でも少なくとも地球環境については、少し過剰なくらいがちょうどいいような気がする。
壊れたら二度と復元はしないのだから。
No.80(2008.7.31.)
恐山の大祭に行った。イタコの口寄せを初めて体験した。
信憑性があるかどうかについてはともかく、イタコの数が激減しているとの話には、まあそうだろうなとは思いつつ、やはりちょっと寂しかった。
数年前にイタコを被写体にしたドキュメンタリーを撮った杉本信昭(『自転車でいこう』の監督。彼とは同じ高校のクラスメートでもある)から、
「ほとんどは怪しいけれど、すごい人が一人いた」と名前を聞かされていたイタコを探したけれど、高齢のためなのか今回の大祭には参加していなかった。
寺の宿坊に泊まり、夜中と早朝には何度も温泉。身体中が硫黄漬け。
No.79(2008.7.8.)
オウム事件で死刑判決を受けている新実智光さんから、(支援者を経由して)メールが届いた。本人の了解を得たので、以下にそのまま貼り付ける。
これを読んだあなたが、何を思うかは(もちろん)自由。
僕もいろいろ思う。これを書いた新実さんも死刑囚だ。執行を覚悟している。だからこそ思う。死刑の意味を。
親愛なる森達也さんへ
つつがなく、ご健康で、軽快で、力強く、安穏ですか?
6月17日に、
山崎義雄死刑囚(73)=大阪拘置所収容陸田(むつだ)真志死刑
囚(37)=東京拘置所収容宮崎勤死刑囚(45)=東京拘置所収容
の3名の方の死刑執行がありました。被害者の方々と共に、執行さ
れ亡くなられた方々に哀悼の意を表します。
前回の岡下香氏に続いて、今回の宮崎勤氏も同じ舎房で、私の斜
め奥の独房でした。朝の朝食の配当はいつもの如く、懲役囚の清掃
夫までいましたし、出廷の連行も普段の如くでしたから、いつ連行
されたのか気付きませんでした。
始めにおかしいと感じたのは、朝の願い事を舎房の責任担当職員
が入り口近くの私の舎房が終わった少し後ぐらいで、中断し、他の
人の願い事をしないで、いきなり宮崎氏の部屋の荷物を箱に積め始
め、台車に乗せ始めたからです。
転房であれば、懲罰でもない限り、本来は収容者本人が部屋の整
理をするはずですから・・・。そして、その後の居室外において運動
に連行する職員が、いつもの顔ぶれと異なっていたのです。因みに
次の日は元に戻っていましたが、警備隊ですから、きっと宮崎氏の
死刑執行に立ち会ったのだと思いました。
顔見知りになっている職員を立ち会わせるとは、何とも残酷なこ
とだと思います。
実は、宮崎勤氏とは同じ舎房であっただけではなく、警察署に拘
留されている時の取調の警察官が同じ捜査一課の警視庁の人でした。
因みに、三浦和義氏とも同じです。その人は、雑談の中で、宮崎氏
のエピソードとして、「○○さん(取調べ担当官の名前)、今日は
僕はカレーライスが食べたいですね。(利益供与でなく、本人の希
望)僕はカレーライスが好きなんです。」云々と取調中に話して、
その他の言動も含めて、精神的に異常があるのではないか?と感じ
たそうです。
新聞では、一切の謝罪がなかった、と非難しているみたいですが、
御門違いです。本人の著書の「夢のなか、いまも」「夢のなか―連
続幼女殺害事件被告の告白」の如く、現実に生きていないというの
か・・・。自分の為した事の重大さや意味を理解していないように感
じたそうです。私も10年以上同じ舎房で、時々私が通路を歩いてる
時に宮崎氏が窓を叩いたりして、注目するようにして挨拶をしてく
れたりしてたのですが、へらへらしていて、それが開き直っている
とかというものではなく、どこかしら精神的に異常があるのでは?
と感じさせるものでした。
ですから、今回執行されたわけですが、宮崎氏本人は最後まで夢
の中であったのではないか?と思っています。まあ、その意味では
死刑に対しての恐怖とは無縁であったから幸せであったのかもしれ
ませんが・・・。
唯、そんな宮崎氏を死刑執行する意味合いが本当にあったのでし
ょうか?疑問を抱かざるを得ません。
死んで償う、とかありますが、宮崎氏本人は多分そういった心理
とも同じように無縁であったようにも感じます。
刑法には、精神異常者の死刑執行の免除規定がありますが、死文
化されています。
国家が生命を軽視していくのと比例して、秋葉原の事件の如く、
他人を巻き込みながらの自殺が増えていくのではないか?と危惧し
ています。
日本の常識は世界の非常識と言われますが、国連でモラトリアム
が決議された中で、逆に日本だけは執行を増加させてます。
不思議な国、日本はどこに行ってしまうのでしょうか?
弱い者ほど、決して相手をゆるすことができない。ゆるすという
ことは、強さの証だから。
マハトマ・ガンジー
何も打つ手がないとき一つだけ打つ手がある。勇気を持つことである。
ユダヤのことわざ
私たちは、この世では大きいことはできません。
小さなことを大きな愛でするだけです。マザー・テレサ
愛する皆様が幸せになりますよう心より祈ります。
悲しみは 意味なき死刑 繰り返し
大切な生命 軽視する時
塞翁
三宝のご加護あれ
6月19日 愛と祈りを込めて 新實智光
No.77(2008.6.22.)
グレート草津さんが亡くなった。三年前に出版した「悪役レスラーは笑う」(岩波新
書)の取材のために自宅を訪ねたとき、昼間から焼酎割ワイン(というかワイン割焼
酎というか)を飲まされて、草津さんと担当編集者の田中宏幸さんの三人で、すっか
りへべれけになってしまった。
帰るとき、ふらつく足で僕と田中さんを見送りながら、「もう帰るのか」と寂しそう
に何度も言った草津さんのその表情が忘れられない。
できあがった本を送ったら、とても喜んでくれたという。もう一度草津さんの家に遊
びに行こうかと田中さんと話していたけれど、結局そのままになってしまった。
いつもいつも遅れる。後悔する。大事な人を亡くすたびにそう思う。
No.76(2008.6.2.)
昨日は長男の運動会。白組が勝った。最後に得点が発表されて白組の児童たちは「イエー!」と大喜び。
でふと思う。「イエー」なんて歓声、いつから始まったのだろう。僕が子供のころには少なくともこんな発音はなかったように思う。ならばどんな歓声をあげていたのだろう。そもそも人はうれしいとき、何といって声をあげるのだろう。思い出せない。まあどうでもいいけれど。
No.75(2008.5.25.)
僕はフライトの最終案内を待っていた。16時発のJAL183便関西国際空港行き。
ところが16時少し前に、「数名のオーバーブッキングがあったのでこのままではフ
ライトできない」とのアナウンスがあった。「30分後の伊丹空港への便に変更する
ことを承諾してくれれば1万円の値引きをする」とのことだった。
説明するまでもなくオーバーブッキングは航空会社の責任だ。でも今それを言っても
仕方がない。時間にゆとりがあるなら、手を上げてもいい。余得の一万円でおいしい
ものが食べられる。
ところがそのときの僕は、絶対に遅れられない予定を大阪に抱えていた。4時半発で
は困るのだ。だから手を上げなかった。ロビーに待つ乗客は200名以上。きっと誰
かが手を上げてくれるだろう。
ところが誰も手を上げない。アナウンスは何度も繰り返されるが全員が無反応。その
あいだも時間は刻々と過ぎる。僕は一人で気が気じゃない。周囲の乗客のほとんどは
焦る様子もない。
時刻は16時25分を回った。たまりかねて僕は手を上げた。
結局183便が飛んだのは、予定を35分過ぎた16時35分だった。つまり全員が
遅れた。伊丹行きよりさらに遅れた。何が何だかわからない。乗客たちのほとんど
(少なくとも僕の周囲の人たち)は、焦るでもなく怒るわけでもなく、何が起きてい
るのか関心すらないというような気配だった。
遅れても問題ないなら、なぜ誰も16時の段階で手を上げなかったのだろう。まるで
「不思議の国のアリス」の世界に迷い込んだようだった。もしも僕が他国から来てあ
の集団の中に紛れ込んでいたとしたら、「日本人とはなんと理解不能な民族なのだ」
と思うだろう。
周囲への同調。多数派への従属。思考の停止。論理や情緒の陥没。これがもし「空気
を読むこと」なら、僕はこれから先もずっとKYのままででけっこうだ。
No.74(2008.5.14.)
14日から18日まで取材で韓国に滞在しています。緊急の場合は
Oriental Forest (麻浦事務所)
ソウル市麻浦区麻浦洞 34-1信和ビル 501
tel : 010-82-2-545-7103
cell: 010-82-11-9093-3633
まで連絡お願いします。
No.73(2008.4.30.)
4月30日付でメルアドを変えました。更新の案内を一括で送ろうと思ったのだけど、どうやってもできない。申し訳ないですが、急な用事がある方、このHPの管理人の宮澤さんまでmoriweb@abox2.so-net.ne.jpメールを送ってください。
No.72(2008.4.8.)
4月10日(木)午後1時〜3時、参議院議員会館の第2・3会議室で、映画「靖国」の問題についての緊急記者会見を行います。僕も出席する予定。
この問題については、騒動の発端から劇場の自粛までの経緯は、表現への弾圧とか政治の介入などのレベルではないと思う。こちらが恥ずかしくなるくらいに浅い。でも自粛騒動以降、水面下でとても嫌な動きが自民党の一部議員にある。
いずれにせよ、客観的でなければドキュメンタリーではないとか、政治的メッセージがあるから問題とか、ドキュメンタリーというジャンルを短絡的に規定して蹂躙する発言をここまでぬけぬけと表明するのなら、これに対しては徹底して抗わねば。
No.71(2008.3.22.)
今月号の月刊プレイボーイの特集記事「この人の書斎が見たい!」。
実は僕のところにも取材と撮影の依頼が来たのだけど、とても人様に見せられるような書斎ではないので
(だって二畳間なのだ。足もとにはうず高く資料や書籍とビデオテープにDVDが積み重ねられて、小さな机にはPCと撮影機材一式。書斎というより乗員一人用のコックピットだ)
お断りした。でもいろいろな人の書斎を覗き見的に見ることは楽しい。みなさん部屋が広くてうらやましい(中には一人だけ勘違いしているような作家もいたけれど)。
特筆すべきは吉田司。是非写真を見て記事を読んでください。本当にこの人は人間国宝にしたいところ。
そういえば一緒にアメリカに行ったときも、この人はいつも寝転んでスーパーのチラシの裏面などに鉛筆で原稿を書いていた。
追悼アーサー・C・クラーク
カート・ヴォネガット、村木良彦さんに続いて、またひとり、大好きな人が逝去。
ここのところ多い。そんな齢になってきたというところなのかもしれない。
No.70(2008.3.6.)
久しぶりの超能力。スプーンではなくフォーク。目の前で見た。
写真をよく見ればわかるけれど、柄を真横に曲げている。これは力じゃ無理。所要時間は一秒以下。
でもトリックが絶対にないとは断言できない。その気になれば何だってできる。つねにゆらいでいる。同定されない。だから惹かれてしまう。
写真1 写真2
No.69 (2008.2.13)
もっと頻繁にコラムを更新したほうがよいとよく言われるのだけど、
でもこのコラムに何を書けばよいのか、いつも悩んでしまう。
天下国家を論じる気力も素養もないし、身辺で面白いこともそれほどない。
CSのアニマル・プラネットを好きなだけ観ながら日々を過ごせたら、かなり幸せだと思う。
No.68 (2008.1.24)
追悼
村木良彦さま
いろんなことを教えてくれた方でした。とても穏やかで優しい人なのに、
とても激しくてラジカルな方でもありました。
手術は成功したと聞いていただけに悔しい。もっといろいろお聞きしたかった。
巨星墜つ。こんな古めかしい言葉を思い出した。ご冥福をお祈りします。
No.067 (2008.1.21)
JCの京都会議に呼ばれた。これまでも何度か講演やセミナーなどの声をかけられながら、いつもなぜか直前にキャンセルされるという事態が続くJCだったけれど、今回は無事講演を終えることができた。このセミナーに参加していた伊勢崎市議会議員の伊藤純子さんのブログの一文を引用する。
正直申し上げて‘左翼’と呼ばれる人を講師として迎え入れるということに少なからず違和感を覚えましたが、人の話は最後まで聞くもの。確かに森氏は変わった人ではありましたが、悪い人ではありませんでした。「そういう見方もあるな」と思わせる内容の講演だったと思います。
http://blog.livedoor.jp/junks1/archives/51488543.html
変わった人か。そうなのかな。悪い人ってどんな人なのだろう。いろいろ考える。
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